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東京地方裁判所 昭和29年(行)54号 判決 1955年6月30日

原告 安島旭吉

被告 国

訴訟代理人 小林定人

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「昭和三年九月六日登録特許番号第七八〇六六号名称表装用布製造法及び昭和五年五月三〇日登録特許番号第八六九二四号名称表装用布製造法(特許第七八〇六六号の追加)の特許権につき原告が有する三分の一の持分について、水戸区裁判所の嘱託により昭和一七年八月一九日受附第二四六九号で、東京市日本橋区両国四八番地生田茂のためにされた、昭和一七年八月五日付差押命令による、名義移転譲渡その他一切の処分禁止の差押ありたる旨の登録の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、かつ被告の主張に対して次のとおり述べた。

一、原告は請求の趣旨表示の特許権につき三分の一の持分を有するものであるが、昭和一七年八月五日水戸区裁判所は、東京市日本橋区両国四八番地生田茂を債権者とし、原告を債務者として、債権者債務者間の東京民事地方裁判所昭和一六年(モ)第二、三四〇号訴訟費用額確定決定に基き、債権者は債務者より弁済を受くべき金壱百弐拾九円参拾銭の債権を有するものとして、右債権の弁済にあてるため、東京民事地方裁判所の前記決定の執行力ある正本に基く債権者の申請により、債務者(原告)の有する前記特許権の持分を債権者のため差し押える、右差し押えた特許権につき債務者は名義移転譲渡その他一切の処分をなすべからず、との特許権差押命令を発し(同庁昭和一七年(ル)第五号)、同区裁判所判事の嘱託により、同年八月一九日受附第二四六九号でその旨の登録がされた。

ところが、原告は昭和二九年六月二四日生田茂に対する前記債務弁済のため金壱百参拾円を東京法務局に供託した(供託番号同庁同年金第一二六一〇号)ので、右差押登録の基本である債権は消滅した。

二、右差押登録はその基本である債権の消滅したことによつて無効となつたものといわなくてはならない。そこで原告は、特許法第三八条第二項、第五七条第二、三項、第一二八条、特許登録令第二条、第一五条、第二一条、第五一条に基いて、被告に対し右登録の無効であることの確認を求める。

三、被告は、本件訴は水戸区裁判所の裁判の効力を争うものであつて許されない、と抗争する。しかし、原告は右水戸区裁判所の差押決定に対し当時適法な手続によつて取消を求めたが、容れられないで、その決定は確定した。そこで原告は右決定の主旨に従い、債務額を弁済したもので、右裁判の効力を争うものではない。

特許法第五七条第三項、特許登録令第二一条その他前にあげた各規定の主旨に基き、右登録の無効確認を求め得るものというべきである。

四、被告は、原告の特許権はいずれも存続期間の満了により消滅したと、抗争する。しかし、原告の特許権の存続期間については、原告は当時特許法第四三条、同法施行令第一条によるその延長の出願をしたが、その許可を得られなかつた。そこで原告から、特許庁長官に対する異議申立を経たうえ、昭和二九年一一月五日通商産業大臣に対して訴願の申出に及んだが、同月一二日これを受理しない旨の通知があつたので、原告はこれを却下の裁決と解して、その取消訴訟を提起し、現に東京地方裁判所昭和二九年(行)第一一一号特許権存続期間延長願訴願却下取消訴訟として、同庁に係属している。

また、原告は、右特許権の内容である発明につき、新たな特許出願によつてその権利の存続を得るため、同じ発明につき昭和二四年九月五日特許願第八八六七号の特許出願をしたが、拒絶査定を受けたので、昭和二六年一一月二九日特許庁に対して抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二六年抗告審判第九二三号事件として審理されたうえ、昭和二八年八月一九日右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、その審決書謄本は同年同月二九日原告に送達された。そこで原告は東京高等裁判所に右審決取消請求訴訟を提起し、それは同庁昭和二八年(行ナ)第三〇号として審理の結果、昭和二九年八月三〇日、原告の請求を棄却する旨の判決がされたので、原告はこれに対して上告の申立をし、現に最高裁判所(オ)第九三六号事件として同庁に係属している。

このように原告は本訴特許権の存続期間終了によるその消滅について、適法な手続によつて抗争中であるので、右特許権はまだ消滅しないというべきである。

かように述べ、乙第一、二号証の真正に成立したことを認めた。

被告指定代理人は、主文通りの判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、原告は本件訴において、「原告は特許番号第七八〇六六号及び第八六九二四号各特許権の三分の一の持分を有していたところ、昭和一七年八月五日水戸区裁判所が訴外生田茂の申立に基き右特許権の持分の差押決定をし、特許庁は同裁判所の嘱託により特許原簿に右差押の登録をした。原告は昭和二九年六月二四日東京法務局に債務額金一三〇円を供託したから、前記差押決定は無効に帰した。」と主張する。

しかし、行政訴訟においては、行政庁のなした行政処分の効力を争いうるのみであつて、裁判所の裁判の効力を争うことは許されない。執行裁判所の裁判の効力を争うには、執行債権者を相手方として、強制執行法上認められた手続に従つて、その救済を求むべきである。(原告が主張するように債務名義の債務を弁済したという理由に基いては、請求異議によつてその債務名義による執行の不許を求めるべきである。)

二、しかのみならず、原告の主張する特許権は、いずれも存続期間の満了により消滅している。すなわち特許権の存続期間は出願公告の日から一五年をもつて終了する(特許法第四三条)。本件の特許番号第七八〇六六号の特許権の出願公告の日は昭和三年五月一八日、特許番号第八六九二四号の特許権の出願公告の日は昭和四年一〇月三一日であるから、それぞれその日から一五年の期間の満了した昭和一八年五月一八日及び昭和一九年一〇月三一日に、右各特許権は消滅している。したがつて、原告は右各特許権の持分の差押登録の無効の確認を求める利益がない。(原告が主張する後の特許出願は本件とは別の権利にかるものであるから、その拒絶査定について抗争中であるという理由で、本件特許権消滅の事実を否定することはできない。)

いずれの点からするも、本件訴は不適法であるから、却下さるべきものである。

かように述べ、証拠として、乙第一、二号証を提出した。

理由

一、原告は、本訴において、原告が東京民事地方裁判所昭和一六年(モ)第二、三四〇号訴訟費用額確定決定に基き訴外生田茂に対して負担するとされた債務の弁済にあてるため、昭和一七年八月五日水戸区裁判所が前記決定の執行力ある正本に基く債権者の申請により、原告の有する二個の特許権の各三分の一の持分を差し押え、同裁判所の嘱託によつてされたその旨の登録の無効に帰したことの確認を求め、その請求原因として、原告は右差押の基本たる債務を弁済してしまつたから、ということを主張する。

けれども、右差押の登録は、前記債務名義に基く強制執行としてされているのであつて、その債務名義に表示されてある債務が別に弁済等に困つて消滅したということで、その登録が直ちに無効に帰し、または債務名義をそのまゝにしておいて、差押登録の取消を求めうるというようなものではない。原告が主張するような事由で右差押登録の抹消を得るためには、すべからく右差押の基本となつた債務名義につき請求に関する異議の訴(民事訴訟法第五六〇条、第五四五条)を提起し、その執行力の排除を得たうえで、その裁判の正本を執行裁判所に提出し、さきに右債務名義に基く強制執行としてされた差押登録の抹消のための手続を求むべきである。(もつとも、請求に関する異議の訴において勝訴するためには、その判決を得るにつき利益のあることが必要であるが、本件においてその利益があるかどうかは、つぎに説明するところとも関連して、すくなくとも疑いがある。)

本件訴は、訴の方法を誤つたという、不適法があるというべきである。

二、しかのみならず、真正に成立したことにつき争いのない乙第一、二号証によれば、本件各特許権の出願公告の日は、特許番号第七八〇六六号の特許権につき昭和三年五月一八日、特許番号第八六九二四号の特許権につき昭和四年一〇月三一日であることが明らかであるから、右各特許権は、特許法第四三条第一項により、それぞれ出願公告の日から一五年を経過した、昭和一八年五月一八日及び昭和一九年一〇月三一日をもつて、存続期間の延長なき限り、その満了によつて消滅したものといわなくてはならない。そして右各特許権につき存続期間の延長されたという事実は、これを認めうべき証拠がなく、また原告が主張する新たな登録出願の事実は別の権利に関するものであるから、これに対する拒絶査定につき抗争中であるからといつて、本件特許権消滅の事実を否定することができない。

してみれば、右特許権の持分の差押登録の無効確認を求める本件訴は、その特許権がすでに消滅したという事由によつて、訴の利益がないものというべく、この理由からするも、本件訴は不適法たることを免れない。

(なお原告は本件訴を維持するため、特許法及び特許登録令の種々の規定を引用しているが、そのいずれの規定を取つてみても、みなそれぞれ別の事項に関する規定であつて、本件訴の根拠となりうべきものはない。)

三、いずれにしても、本件訴は不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 粕谷俊治)

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